2017.10.19 |
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守り継がれるピザ窯、その新たな使い手とは!?
以前、「葉山に出現!? オフィスの庭にピザ窯をつくった男」でご紹介した葉山のピザ窯付き平屋が、この春に新たな入居者を迎えました。そしてこのたび、新旧入居者がタッグを組んでのピザバーティーが開催されるとのことで、再び取材に伺ってきました。
できたてのピザを囲んでの、左が新入居者の藤本さん。右が旧入居者の前田さん。
場所は葉山町堀内。逗子駅からバスで10分ほど、海も山も徒歩圏内という抜群の環境に、建物面積75平米の平屋一戸建てがある。南側に開けた屋根付きテラスと庭を合わせると敷地面積は250平米ほど、そして庭には小屋があり、その中にはピザ窯が鎮座している。
この平屋に今冬まで入居していたのは前田博隆さん。平屋に魅せられ、都内から引っ越してきたのが7年前のことだった。それまで映像制作会社で働いていた前田さんは、独立を機に住居兼オフィスとしてこの葉山の地を選んだ。週の半分は都内へ通う仕事の実情から考えるとややハードルの高い地理環境ではあったが、前田さんはそんな心配をよそに、軽やかに葉山の平屋暮らしを手に入れた。
光を透過する明るい屋根付きテラスが家の中心に。庭へも居間へも直接アクセスできる。(2011年取材時撮影)
そして今ではこの平屋のトレードマークのようになっている庭のピザ窯は、実は入居したときには無く、なんと前田さんが大家さんの了承を得つつ、自らDIYでつくってしまったものだ。動機は、手づくり窯で焼かれたピザの美味しさが忘れられなかったから、自分の家につくってしまおうというシンプルかつストレートなものだった。
DIYでつくったピザ窯は、完成後も台風や地震により何度か壊れ、そのたびに修繕を繰り返し堅固になっていった。そしてピザ窯を囲む小屋に至っては、大家さんが自ら修繕してスペックアップしてくれたという。入居者と大家さんとの、なんとハッピーな関係だろうか。
火吹竹でピザ窯の火をおこす、前入居者の前田さん。(2011年取材時撮影)
2011年当時のピザ窯と小屋。友人の協力を得ながら全てDIYでつくったもの。(2011年取材時撮影)
前田さんはその後、映像制作の仕事のかたわら、ピザをパーティーで提供したり、ワークショップを開いたりなど、どんどん腕前を上げ、ついには自身の会社の一部門として「ピザ部」なるものも立ち上げてしまった。さらにはこの平屋以外にも、近所に2拠点、ピザ窯を増設したという。本当にどこまで行くのか前田さん!
2017年現在の様子。大家さん作の小屋は、屋根と背面壁がぐんとグレードアップし、筋交いが入り、流し台も増設された。ちなみに前田さんのユニフォームもグレードアップしていた!
その前田さんがこの平屋を退去することになったのは、このたび家族が増えたことによる。結婚し、子どもができたことで、生活スタイルが変わったからだ。このエリアで小さな子どもと生活しようとすると、どこに行くにも車が必要になる。だが借りていた駐車場は少し離れていたため大きな車道を渡らなければならず、子どもを毎日抱えて渡るには危険が多すぎた。そこで家族そろって鎌倉市長谷へと引っ越したのがこの冬のことだった。
新しい入居者は藤本雅司さん。藤本さんはプロダクトデザイナーとして長谷にあるデザイン事務所で働いている。仕事に就くに伴い、1年ほど前に大阪府吹田市から引っ越してきたが、この物件に出会う前は鎌倉のシェアハウスで暮らしていた。
新入居者、プロダクトデザイナーの藤本さん。
そもそも藤本さんは、積極的に引っ越し先を探していたわけではなかったという。働いているデザイン事務所が物件を探しているということで紹介を受けた際、たまたまこの平屋の情報を見た藤本さんが、その魅力にガツンとやられてしまったのだ。
「だってこんな面白そうな場所を知ってしまったら、借りないわけにはいかないでしょう」と藤本さん。すぐに見学を予約し、3日後には現地を訪れ、心を決めたという。
当時の住居であったシェアハウスは、同居人にも恵まれ、快適な環境だった。ただ家で夜に作業をすることも多く、音には慎重にならざるを得なかった。また、いざ制作するとなったときには道具も必要になるが、そうしたスペースを確保できなかったことも、この家を選択する要因のひとつとなった。一人暮らしの住居として借りるには部屋面積も広く、家賃も少し背伸びしなければならなかったが、将来的にシェアして暮らすことも視野に入れての決断だった。
この家の屋根付きテラスでは、工具を使っての作業もふんだんにできる。庭では植物を育て、ピザ窯やバーベキュー窯で火をおこすこともできる。そして大勢の人を招くこともできる。そうした環境は必ずや創造力を拡張する源となるだろう。
「環境に言い訳できないようにしたかった」と藤本さんが言うように、理想的な場に身を置くことで、自分を追い込んで退路を断ったのだ。
そしてこの平屋を「生活の実験の場」にしたいと語る、藤本さんの試みは既にはじまっている。庭にある菜園は、県内の酪農場から牛糞をもらい受け、深く掘った場所に鋤き込み、土づくりから行った。椎茸の原木を購入し、味噌も仕込んでみた。すべてが初めての経験だったが、できる限り自分の手で身の回りにあるものひとつひとつのルーツを辿ろうと挑戦している。
庭の土づくり中。25cmほど掘り、牛糞堆肥を漉き込み、大きな石はふるいにかけた。
土づくりの甲斐あって元気な夏野菜たち。庭の木には大きな夏みかんもなっていた。
また家にあるものは人から譲り受けたものばかりで、新たに購入したものはほとんどない。「買ってしまえば簡単だけれど、あえて人とのコミュニケーションを介して物を選択したかった」と言うように、藤本さんは生活から発生する個々の事象にひと手間をかける。まさに生活の実験の現場として、この家に住む醍醐味を余すところなく享受しているのだ。
土間から居間を眺める。右手前にあるソファーも人から譲り受けたもの。
新旧入居者の前田さんと藤本さん、2人が初めて出会ったのは、特に紹介を受けてということではなく、偶然のことだった。藤本さんが葉山に住み始めてからしばらく経った頃、近所のコーヒー店で居合わせたことからだ。
店主を介して知り合った2人は、当然のごとく仲良くなり、となれば自然と話題はピザについてのことに。何度かやりとりをするうちに、前田さんがピザの焼き方を伝授するため、藤本さん宅を訪れることになった。それならば、人を招いてみんなで食べましょう!と、7月の盛夏、藤本さんがホストになり、ピザパーティーが開催される運びとなったのだ。
晴天のなか、お昼頃から始まったパーティーは総勢で22名に。参加者はご近所さんから、鎌倉のシェアハウス時代の友人、大学時代の友人、長谷の味噌屋で出会い仲良くなった人まで幅広く、藤本さんの人柄が滲み出た、アットホームで居心地の良い空間ができ上がっていた。
左:ピザパーティーにて、思い思いに楽しむ友人や近所のこどもたち。平屋ならではの空の抜けが気持ちいい。右:乾杯!
左上:できたてのピザ。なんとも美味しそう。右上:美味しさに笑みがこぼれる。左下:ピザ道伝授中の前田さんと藤本さん。右下:用意された神奈川県産の野菜と味噌。
この物件は以前、保育園だった時代がある。そして前田さんから藤本さんへと引き継がれるなかでも変わらないのは、人が集まる場所であり続けているということだ。やはりこの場所にはたくさんの人が集うのがよく似合う。集いの場を誘発するアイテムであるピザ窯を前田さんがつくり、そして藤本さんへとバトンタッチした今も、こうした変わらない風景が見られること。それはこの家にとっても、藤本さんにとっても、そして前田さんにとっても、嬉しい出来事であるに違いない。
(2017年7月22日取材)