column 2013.6.4
 
稲村ヶ崎R事情

斜面地から湘南の海原を一望できる平屋ライフ

安田洋平(Antenna.inc)・写真=森 千章
 

細い石段を上った先にある、海原がどこまでも見渡せる小さな平屋の一軒家。リビングの窓を開けて出たウッドデッキは、海を遥かに眺めるというより、まるで船の甲板にいるかのような錯覚に襲われてしまうような非日常の空間だった。

稲村ヶ崎駅から徒歩7分、海を見下ろす平屋

今年で34歳になる塩飽哲生さんは、平日は東京のマンションで過ごし、金曜の夜に稲村ヶ崎にあるこの家に帰宅、月曜の朝、ここから東京の会社に出社する。

かつては老夫婦が住んでいた平家が相続されて売りに出ていた。それを購入、大幅に改装。

稲村ヶ崎駅を降りて7分歩き、江の電の線路をまたいで石の階段を150段上ったところにある海を見下ろす平屋。駅近なのに敷地からの見下ろす眺めは、鎌倉でも一二を競う立地と言っていい。

どこかちょっと現実の風景ではないかのような非日常感がある。

海に向いたリビングは大きな引き戸のガラス戸がはめられており、開けるとそこには古材でつくられたデッキがある。視界を遮るものは何ひとつ無く、ただ眼前に海原が広がっている。線を横にスーッと引っ張ったような水平線のラインが眺めていて心地いい。稲村ヶ崎R不動産(現 鎌倉R不動産)・フジイいわく、「斜面地からのこれほどの海ビューが得られる物件は湘南と言ってもなかなか見つからない」。

塩飽さんは今から7年前、学生時代から稲村ヶ崎に賃貸で住んでいたが、この家を見つけて購入した。実は、販売情報は不動産屋には出ていなかったが、すでにできつつあった地元の縁から、あの家、売っているらしいよと聞きつけたのだった。そうして買って、1年をかけて改装を行った。現在は住み始めて4年目になる。

取材日はあいにく爆弾低気圧が直撃した日……、ということで、天気が良い日のデッキからの眺めをご本人に頼んで撮って送ってもらいました!

決め手は、「諦めない」熱意

しかしそんな素晴らしい環境を得るための資金調達は大変ではなかったのだろうか。なぜなら、この素晴らしい環境の家は、視点を変えてみれば、築80年を超す古家で(正確な築年はわからないらしい。過去に行われた水道工事記録の一番古いものが80年前だったとのこと)、木造家屋で、敷地内には車が入って来られず、借地権で、家屋が道路に2m以上接していないため将来的に新築しようと思っても難題を解決しなければならない。となれば、なかなかすんなり銀行がお金を貸してくれると考えにくい。

「普段はここでコーヒー飲んだり、お酒を飲んだり……」。

けれども結果から言うと、塩飽さんはこの家の購入費用を全額、20年返済のローンで借り入れて調達した。

「最初は、都市銀行をいくつも回りましたけどそこではまったくの門前払い、取り合ってもらえませんでした。地方銀行でも駄目だった。しかし最終的に神奈川の地元の信用金庫でOKをもらったんです」

相当ハードル高かったのでは? 何か特別なコツでもあったのですか?

「この場所の景観の写真を持っていって、この物件の持つ可能性についてアツく説明したり、相当頑張ってプレゼンもしましたよ。ただ最終的には、理屈よりも、『通った回数』が決め手というか、ご担当の方もこれほどまでに熱意があるのであれば、どんなことをしてもきちんとお金は返すだろうと判断されたのだと思います。でも、相手に伝わるまで通い続けるというのは、何でも同じではないかと、どこかそんな風に思っているところがあるんですよね」

鎌倉で建築士を探し、改装を手がけてもらった。

実はなんと、リフォーム費用もまた全額借り入れで行っている。

「これに関しては日本政策投資銀行から借りたんです。というのもこの家は相当な古家ですから耐震改修をしなくてはいけなかった。ですからそのための資金ということで。国として、耐震改修に必要な資金の貸付けに対しては積極的ですし、ちょうど良かった」

こうして無事資金調達ができ、設計も進み今の家が完成した。

稲村ヶ崎に住む直接のきっかけとなったサーフィン。玄関脇にボードが並んでいる。

丘の上に立つフラットハウス

木造平屋建てならではの格好よさというものがあると思う。斜面地の中ほどに建つこちらの家、その抜群の眺めも魅力だが、石段をてくてく上った先に、この平屋の姿が見えてきたときの嬉しさみたいなものもあると感じた。

「今回は、木の家を改装する楽しみを味わいたかった」という塩飽さん、もともとは格段に建築おたくというわけではなかったが、木の家の作り方について参考にしようと、建築家・吉村順三の有名な建築「軽井沢の山荘」を見に行ったりもした。

ちょっと米軍ハウスを思わせるデザイン。

また湘南には古材、建具の品揃えが抜群で、全国から人が買いに来るほどの店「桜花園・葉山」がある。

塩飽さんは、この家のデッキや玄関部分の床板に、そこで買った古材を使用しているが、なんとも言えず渋くていい味わいである。
ちなみに、天井から下がる球型の電灯もそこの店で手に入れたものだ。洋館が壊されたときに出てきた掘り出し物という。

左:「桜花園」で購入した古材を使用。もともとは、鰯の生け簀で使われていた木なのだとか。 右:桜花園で購入したドア

週末の「引っ越し」は、頭が冴える源

理想の過ごし方――、週末の朝方はまず趣味のサーフィンを楽しんで、それから妻とのんびりと日中過ごし、夕方になったら鎌倉駅まで出掛けて、「鎌万」で魚を買って家に戻って料理をして夕飯、そしてお酒を楽しむ。以上。でも実際は、ここのところの仕事の多忙さのために、週末もこの家で終日仕事をしていることが多いと苦笑する塩飽さん。

だが、それでも二拠点生活の心地よさは変わらないと言う。「やっぱり場所が変わるってすごく良い影響があるんです。まず、頭の中が再起動される感じがある。結局のところ24時間仕事をするとしても(笑)、いや、だからこそ場所を変えた方ががぜん集中力が持続できるんです。

それに、以前読んだ大前研一の本に、人が変わるためにできることは3つと書いてあったという。すなわち「つきあう人を変える」「時間の使い方を変える」「住むところを変える」、この3つ。

「実際、ここへ来るようになって、その3つ全部が変わったんですね。人も、時間も、場所も、つきあい方が良い方にシフトしていると感じる」

階段の途中からも海が見える。

もちろん東京で過ごす時間も必要だが、でもそこで得られる感度と、鎌倉で得られる感度はまた別だと話す。両方を併せ持つことができると、結果的により感度が上がってくる気がするという。

実は塩飽さんは、家の改装をしている最中に、会社を辞め自分の会社を興した。医療情報サービスに関する事業を行う会社だ。官公庁が公開する地域医療に関するデータに読み解きを加えて、病院側と生活者側、それぞれに対して最適なかたちで提供する。

塩飽さんと、稲村ヶ崎R不動産(現 鎌倉R不動産)・フジイ(右)。

「家を買って改装するのと、自分の会社の立ち上げを同時に行うというのは、今から振り返ればとても無謀でしたね(笑)」。だが結果的に、二拠点生活になった現在の方が時間を有効に利用できているし、作業の質も上がっていると感じている。

「人は常に良い『立ち位置』にいることが大事なのでは。そして、そのためには、自分が一番心地いいと感じる場所にいつもいるようにするということが大きいのではと思っています」

坂を降りると江の電の線路が。

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