column 2016.8.18
 
Rトピックス

中川家改装計画(後編)「使えるモノは使い続ける」

藤井健之(鎌倉R不動産/鎌倉R不動産株式会社)
 

工期が遅れて中川家のみなさまにはご不便をおかけしてしまった改装工事もようやく完了。中川家改造計画(後編)の取材にお伺いしました。

「ここからの見え方が一番好き」と言う奥様。ずっと前からあったような景色がそこにある。写真は中川家のご子息。

「リフォーム」とは異なる

工事完了後、少し日をおいて中川邸を訪問した。床・壁・天井・浴室・造作家具と部屋全体に及ぶ改装を行ったはずなのに、なぜか以前と変化を感じさない空間がそこにあった。

「リフォームが終わったその日が一番いいとか、生活感のない単におしゃれな空間は嫌だったんです」と新宿のコンランショップに勤務する奥様の最初の言葉だ。

1969年築の集合住宅で竣工時の状態が色濃く残った部屋を気に入って購入されたご夫妻の改装計画は、確かに一般的な「リフォーム」の考え方とはまるで違っていた。当時から現役で活躍している約半世紀経過した存在自体が奇跡なキッチンセットとコンロはそのまま、50代以上には懐かしい「TOTO」のロゴが現役のトイレも更新なしという出発点からして、「設備を刷新し室内全体を新築同様にする」という「リフォーム」の概念とは一線を画すものだった。

今回、「改装」という言葉を使っている理由でもある。

(左)半世紀近く稼働し続けているキッチンセットとコンロ、そしてオーブン。壁出しの水栓金具は交換した。 /(右)シンプルでかっこよいトイレ。半世紀を経て更に次の時代に引き継がれる。

設備系でもっとも大きな改装をした浴室。バスタブ、シャワー水洗、洗面を設置。窓際はお子様グッズの定位置となっている。

「古いモノ、無駄のないデザイン、機能的な家が好き、そして使えるものは使い続ける……」と中川さんご夫妻の家やモノに対する考え方は今回の改装計画全体に徹底している。もちろん今回の改装の目的は極めて合理的だ。それは、購入して6年間暮らしたことによって体感したこと、お子様が誕生したことによって現れた現実的な課題を解決すること。具体的には、夏期の湿気による床や壁のベタベタ感の改善、下階に対する音を配慮できること、浴室や洗面を普通に使えるようにしたいこと、空間を広く使いたいこと、夫婦それぞれのワークスペースを確保することなど明快だったのだ。

ところで引っ越しは考えなかったのですか、と質問してみた。家族が増えることが引っ越しの主な理由だったりするのだ。 中川さんご夫婦は一瞬きょとんとした表情を見せた。「戸建てへの憧れは少しありますが、ここは駅至近でとても便利な場所にあって、しかも建物も室内のことごとくが好きなので他の選択肢は考えてもみませんでした。それに外が大好きなので家は広くなくていいのです」と、とてもシンプルで爽やかな回答だった。

もはやヴィンテージと呼べるキッチンを残した理由を尋ねた。
「機能的になんの不満もないんです、コンロも3口あって、オーブンも使える。それに全体のカタチがなんともかわいすぎる。お金を出しても買えないものです。それにモノは大事にしたいんです」。確かに、その風貌の愛くるしさとコンパクトさは魅力的で改装計画において全体のデザインの核となる存在となった。ちなみに、エアコンも最近は見かけなくなったしっかりと角のある端正な形のものだ。

古いマンションに惹かれる理由

今回の改装で悩んだところは?

まず、和室とDKを仕切る垂れ壁の撤去と畳の空間をなくすことには迷いがあった、とご夫妻は言う。
「最初、私(奥様)は反対だったのです、子供が小さいうちは和室が便利だと思いました、それに畳の部屋の存在はここの個性だと思っていたのです」
ご夫妻は、徹底的に話し合った末、空間を広く使うこと、メンテナンスがしやすいこと、湿気対策など総合的に考えて和室をなくし垂れ壁を撤去することにした。

(左)間仕切りのための垂れ壁が撤去されDKと一体化した旧和室。連続する無垢板の床材が張られ、壁は白とグレー、天井は白に塗装。配線類はスリーブに納め露出し白く塗装。収納引戸のシナが部屋のトーンと合う。/(右)上部右側の収納棚がオリジナル、左側の2つは新たに造作した。下部はキッチンの天板と高さを合わせて造作した収納棚兼ワークスペース。

しかしここも実は「リフォーム」の常識からすると意外な点で、間仕切りを取って空間を大きく使うという改装、特に古い集合住宅の場合だと南面した和室とDKを一体化することは、改装にあたってまずセオリーとなっている。そこをあえて悩む姿勢が単にかっこいい空間をつくるという目的だけではなく、機能面・使い勝手をしっかりと検討したご夫妻の考え方が現れていると思った。

ちなみに、この部屋は、竣工当時も今もかなり野心的な間取りではないかと感じている。DKと和室の間仕切りはもともと両引戸で垂れ壁は構造体ではなく建具のために存在していた。そして北側の寝室と和室は壁ではなく両側収納で緩やかに間仕切られている。ひょっとしたら住み手によって間取りを自由に変更して欲しいという半世紀前の設計者のメッセージが込められていたのではないかと想像してみたりした。中川さんご夫妻が悩んだこともこの自由度を許容できる構造とプランであったからこそ可能であった。こんな規格的、標準仕様的ではないところが古いマンションに惹かれる理由なのかもしれない。

そして、塗装色に悩んだと中川さん奥様は言う。
「まず、天井とそこから繋がる壁は白、ただし壁の下側はグレー、とツートンにする方針は早くに決まったのですが、ドアの色に悩みました」。色が好きだという奥様は、最終的に「白とグレーと相性のよい色で、ダイニングに吊るすと決めていた15年来使っているペンダント照明のオレンジ色のフードとの相性を考えて、玄関ドアの色を黄色に決めました」。そしてトイレのドアは全体のバランスの中でネイビーに塗装された。

(左)落ち着いた色彩の中に溶け込むイエロー、ここも元からこうだったように感じる。/(右)ひとつひとつ時間をかけて出会ってきた照明たちがそれぞれの居場所に配置されはじめている。

造作の家具、特にキッチン廻りについては、プランにもっとも時間をかけ、中川さんも随分と悩まれたところである。もともと、下部が斜めに切り込まれ曇りガラスの嵌ったモダンな収納棚があった。中川さんは設備同様この家具を残しつつ収納力を向上させ、かつワークスペースとして使える家具造作を目標とした。二転三転したが、最終的に、オリジナルの収納棚と同じものを二つ造作し連続して配置、その下にカウンターデスクと収納というデザインになった。直線上に並んだ収納と天板、素材と色もできるだけオリジナルに合わせることで、以前からこうであったようにしか見えない。

また、寝室の壁面に造作されたご主人の膨大な蔵書とレコードを収納し、且つワークデスクとして機能する天板を備えた家具もキッチンと同様に以前からそこに存在しているように鎮座している。

寝室の収納には予めモノの所在が決められていた。LPレコードの場所、文庫本の場所。居場所が特定された棚のラインは美しい。

まずは暮らしてみて、それから考える

この改装計画についての反省点を伺った。

「当初予定されていた工期だとなんとかなると考えて暮らしながらの改装工事を選択しました」(※予定よりも工期が長引いてしまったため、ご一家にご不便をおかけすることになった)。
「つらかったのは、木を切ることで生じる部屋の中を舞うほこりでした。それと浴室が使えないため毎日のスーパー銭湯通い、あとは外食生活でしょうか、また集合住宅ということで、ご近所にも迷惑をかけてしまったと思います。ただ、よかったことは毎日工事の進捗が確認ができたことです。計画と違っている箇所にすぐに気がつくことができたり、現場の職人さんと直接話せたことはよかったと思っています。ただ、これから改装される方には住みながらの工事はお勧めできませんね」とご主人は苦笑いしながら語ってくれた。

これから改装を計画する予定の人たちへのアドバイスをいただいた。

「新築同然の改装ではつまらないのではないでしょうか。物件の持ち味を生かしながらデザインと機能のバランスを取りながら計画をするのがいいと思います。そのためには、暮らす前の改装ではなくまずは暮らしてみていいところと悪いところを掴んでから改装計画に着手することをおすすめします」。築後半世紀近いマンションを選択した中川さんご夫妻ならではの言葉には説得力がある。

こうして中川家改装計画は完了したわけだが、中川さんにとってはまだまだ続きがあるようだ。「常に未完成の状態を楽しめたらいいと思っています。壁の色もこれで終わりではなくて、またいつか別の色に変えたり、目標にしている照明器具をつけたり、キッチンの棚の位置をもっと検討したりと、まだまだいろいろとやりたいことはあるのです」

今回最後まで決まらなかったことが窓からの視線や熱、光を遮るためのモノだった。中川さんは結果的に「好きなカーテンレールに出会ったからカーテンを選択しました」と言う。中川さんは完成という状態よりも、モノとの出会いから生まれる何かを大切にしている。

中川さん一家のこうした視点に触れて、改装とは、その建物や空間やそこにあるモノが本来備えている何かをしっかりと読み込んで「あるべき姿へ復元する」という行為に他ならないのではないかと思った。

中川家のもう一人、いや一羽の家族にも止り木が新調された。

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